──「感染」と「再発」のどちらを恐れるべきか──
視神経脊髄炎スペクトラム障害は人工関節手術と親和性が高い
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の患者は、
整形外科的にみると、人工関節置換術を経験しやすい背景を持っています。
- 脊髄障害・視力障害による 易転倒性
- ステロイド治療に伴う
- 骨粗鬆症
- 大腿骨頭壊死
- 若年〜中年発症で、長期フォローが前提となる疾患
結果として、
THA / TKAやBHAを検討する場面に、整形外科医が立ち会う確率は決して低くありません。
問題はそのとき、
周術期に免疫抑制薬を休薬すべきか、継続すべきか
という、
ガイドラインが直接は答えてくれない判断に直面することです。
もちろん神経内科主治医と相談して決めることなのですが、こちら側からのコンサルテーション文があまりにも杜撰だと、主治医の先生が困ってしまいます。
そこで、最後にコンサルテーション依頼文の例文を掲載し、その前に考え方を整理する、という流れで書いていこうと思います。
NMOSDの本質:再発は「頻度」ではなく「重さ」が問題
『多発性硬化症・視神経脊髄炎スペクトラム障害診療ガイドライン 2023』では、
NMOSDについて次のように述べられています。
AQP4抗体陽性NMOSDは再発リスクが高く、
1回の再発でも重度の後遺症を呈することが多い。
再発予防治療を慎重に行う必要がある。
さらに、
- NMOSDの再発は一般に重篤
- 再発予防の根幹は
「二度と再発させないこと」 - 再発後1年以内は
**再発が群発する「再発クラスター期」**が存在する
とされています。
ここで重要なのは、
NMOSDは
「再発しやすい疾患」ではなく、
「再発したときのアウトカムが極端に重い疾患」
である、という点です。
周術期休薬を考えるための「借り物の地図」
NMOSDに特化した周術期休薬ガイドラインは存在しません。
そこで参考になるのが、
2022 ACR / AAHKS
リウマチ性疾患患者における選択的人工股・膝関節全置換術の
抗リウマチ薬周術期管理ガイドライン
です。
このガイドラインの核心は、
重症SLEと非重症SLEで方針を分けるという点にあります。
ACR / AAHKSガイドラインの考え方(要約)
原則
- 免疫抑制薬・リウマチ治療薬は
術後感染リスクを高める - したがって
基本的には休薬したい
ただし例外
- 再燃により臓器障害が懸念される症例では
感染リスクを承知の上で
投薬継続を選択する
重症SLE(臓器障害リスクあり)
主治医と相談の上、基本は周術期も継続、生物学的製剤は休薬も検討:
- ミコフェノール酸モフェチル:継続
- アザチオプリン:継続
- シクロスポリン:継続
- タクロリムス:継続
- リツキシマブ:術前4–6か月休薬
- ベリムマブ(皮下注):継続
- ベリムマブ(静注):術前4週休薬
- アニフロルマブ:術前4週休薬
非重症SLE
手術1週間前から休薬:
- ミコフェノール酸モフェチル
- アザチオプリン
- シクロスポリン
- タクロリムス
- リツキシマブ
- ベリムマブ など
再開は、創部治癒良好、抜糸後、
腫脹・発赤・排膿や他部位感染なしと確認した時
→ 通常、術後約14日
この枠組みをNMOSDにどう当てはめるか
NMOSDはSLEでもリウマチ性疾患でもありません。
しかし、意思決定の構造は驚くほど似ています。
- 再燃=
不可逆的な臓器障害 - 再燃の頻度より、
1回あたりの破壊力が問題 - 再燃を防ぐこと自体が、
治療の最上位目標
この点で、NMOSDは
「非重症SLE」ではなく、
「臓器障害リスクを伴う重症SLE」に近い疾患
と考えるのが合理的です。
疾患修飾療法(免疫抑制薬)の安易な中断は危険
多発性硬化症(MS)の周術期管理レビューである、“Anaesthetic management of people with multiple sclerosis”(Dubuisson et al., Multiple Sclerosis and Related Disorders, 2023)
も参考になります。
ここでは、
安定期MS患者においても、
周術期にDMTを中断することは原則推奨されない
と明確に述べられています。
ではNMOSDではどうでしょうか。NMOSDの臨床像には、
- 再発頻度は必ずしも高くない
- しかし、1回あたりの再発のアウトカムが極端に重い
という特徴があります。
この点を踏まえると、
「安定しているから一時的に中断しても大丈夫」
という論理は、NMOSDではより危険
であり、
MS以上に慎重な姿勢が求められます。
臨床フレームワーク:私ならこう考える
NMOSD患者の選択的人工関節手術では、
次の順番で整理します。
① NMOSDの病勢を確認する
- 最終再発からの期間
- 再発クラスター期を脱しているか
- ステロイド用量
寛解していても、
「再発時の重さ」は変わらない
という前提を共有します。
② 感染リスクを評価する(整形外科の責務)
- 栄養状態
- 糖尿病・腎機能
- 既往感染
- 白血球・リンパ球数
- 手術侵襲・創部条件
ここで感染リスクが許容範囲であれば、
免疫抑制薬(例:アザチオプリン)は原則継続
という判断が、
NMOSDの疾患特性からみて妥当です。
③ 休薬を検討するのは例外的状況
以下が揃う場合に限り、
神経内科主導で短期休薬を検討します。
- 長期間再発なし
- 感染リスクが極めて高い
- 代替戦略(ステロイド調整など)を
神経内科が許容できる場合
これは、
整形外科単独で決める話ではありません。
実務的まとめ
- NMOSD患者は、背景的に人工関節手術を受けやすい
- 再発は低頻度でも、アウトカムは極めて重い
- 周術期休薬は
「感染 vs 再発」の非対称なリスクをどう引き受けるかの問題 - 多くの場合、
重症SLEに準じた扱い(免疫抑制薬継続)が合理的 - その代わり、
感染対策と術後フォローは最大限厳格に行う
コンサルテーション依頼文
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いつも大変お世話になっております。 先生にご加療いただいているNMOSD患者さんにつき、 人工関節置換術(THA / TKA)を予定しており、 周術期の免疫抑制薬(アザチオプリン)の休薬にについてご相談させていただきます。 本症例は ・寛解して十分期間が空いている ・プレドニゾロンは低用量まで漸減 と病勢は安定しておりますが、 NMOSDの再発時アウトカムが重篤である点を踏まえると、 休薬による再発リスクをどの程度許容すべきか悩んでおります。 2022 ACR / AAHKS周術期ガイドラインでは、 臓器障害リスクを伴う重症SLEでは 免疫抑制薬を継続する考え方が示されており、 NMOSDも同様の枠組みで考えることが妥当か、 先生のご意見を伺えますと幸いです。 当科としては、 感染対策を最大限強化した上で 免疫抑制薬継続も選択肢と考えております。 お手数をおかけいたしますが、 周術期管理方針についてご教示いただけましたら幸いです。 何卒よろしくお願い申し上げます。 |
本記事で示した考え方が、
NMOSD患者の周術期管理に直面した際の
思考整理や他科との相談を進めるうえでの一助となれば幸いです。
おしまい。


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