整形外科医として働いていると、
自然と「何が整形外科の仕事か」という線引きを教わります。
手術。
固定。
機能回復。
それ自体は、間違いなく整形外科の核です。
私自身も、その価値を疑っているわけではありません。
ただ、臨床を続けていると、
少し引っかかる場面に何度も出会います。
「それは整形外科の仕事じゃない」
外来で診断が難しい症例を相談すると、
「それは整形外科じゃないから、帰していいよ」
と言われることがあります。
たしかに、理屈としては正しいです。
専門分化した医療の中で、
各科が自分の領域に集中するのは合理的です。
整形外科は、
手術によって機能を回復させる診療科です。
難しい診断は、専門の内科や神経内科、膠原病内科に任せる。
その方が精度も高い。
ここまでは、まったくその通りだと思います。
それでも、少し違和感が残る理由
それでも、どこか違和感が残ります。
整形外科は、
体の痛みや動きにくさという、
患者にとって非常に一次的な訴えと向き合う診療科です。
「痛い」
「動かない」
「歩きにくい」
そうした症状の入り口に立つことが、非常に多い。
だからこそ、
- 何か普通じゃない
- いつもの整形外科疾患と違う
- 経過がおかしい
そう感じる機会も、実はかなり多いはずです。
加えて私は、外来業務のみの外勤先を複数任されていたこともあり、そう言う場面に多く直面しました。
手術ができなくても、できることはある
若手の頃は特に、
「自分はまだ手術が下手だから」
「経験が足りないから」
と感じる場面が多いと思います。
手術手技は、どうしても経験がものを言います。
時間をかけないと身につかない。
一方で、
- 話を聞く
- 違和感を覚える
- 経過を慎重に追う
- 必要な科にコンサルトする
こうしたことは、
今この瞬間からでもできることです。
専門医にはかなわなくても、
「これは整形外科だけの話じゃないかもしれない」
と気づくこと自体は、
それほど高度な技術を要しません。
実際にあった話
これまでに、例えば
眼科や一般内科で見落とされていた
リウマチ性多発筋痛症・巨細胞性動脈炎を拾い、
膠原病内科へコンサルトしたことがあります。
巨細胞性動脈炎は、治療が遅れると失明することもある疾患です。
患者さんからは、非常に感謝されました。
ただ、これは別に
私が特別優秀だったからではありません。
外来診療のなかで、
- 典型的な整形外科疾患と違う
- 痛みの分布がおかしい
- 経過が非典型
そう感じて、
慎重にフォローしただけです。
随伴症状として
「見えにくさ」を聞き出せたことが、
大きな分かれ目でした。
他にも、いくつか
- 歩きにくさで受診した患者さんが、
頸髄症とはどうも違う所見だったため、
脳MRIを撮り、多発性硬化症として神経内科にコンサルトしたこと。 - 起床時の右上肢単独麻痺から、
脳梗塞を見つけたこと。
どれも、
「整形外科疾患らしくない」
という違和感から始まっています。
インパクトという別の物差し
もう一つ、ここで強調しておきたいことがあります。
診断の難しい疾患の診断
他科疾患の初期症状を拾うこと
機能予後や生命予後に関わる早期診断
これらは正直、整形外科医の間では、
あまり「評価される仕事」ではありません。
手術件数が増えるわけでもなく、
術後成績として数字に残るわけでもない。
カンファレンスで称賛されることも、正直多くはありません。
でも、視点を変えると、
これはかなりインパクトのある仕事です。
他科の医師から見れば、
「よくそこに気づいたね」
「そこまで拾ってくれて助かった」
と言われることが多い領域です。
他科にお世話になることの多い整形外科にとって、他科の医師からの信頼を得られるのは仕事のやりやすさの観点からもメリットが大きいです。
そして何より、
患者にとってのインパクトが非常に大きい。
診断が遅れれば、
失明していたかもしれない。
歩けなくなっていたかもしれない。
命に関わっていたかもしれない。
その分かれ目に関われる仕事は、
決して地味ではありません。
インパクトのある仕事は、楽しい
以前の記事でも書きましたが、
インパクトのある仕事をしている感覚は、
楽しく働くための重要な要素だと思っています。
- 自分の判断が結果に直結する
- 他人の人生に明確な影響を与えている
- 「いてよかった」と思ってもらえる
この感覚は、
若手のうちほど、強い原動力になります。
手術手技は、
どうしても年次と経験に依存します。
一方で、
- 話を丁寧に聞く
- 違和感を大切にする
- 早めにつなぐ
こうした診断寄りの仕事は、
若手であってもインパクトを出せる領域です。
整形外科医にとっての、もう一つの「肝」
整形外科医にとって、
手術は間違いなく大きな柱です。
ただそれとは別に、
- 診断の難しい疾患を拾う
- 他科疾患の入口を担う
- 予後を分けるタイミングに立つ
このあたりも、
実はかなりコストパフォーマンスの良い仕事です。
身内から評価されにくいことはあります。
でも、
自分の中の納得感と
他科や患者からの信頼は、確実に積み上がる。
それは、
長く働く上で、
じわじわ効いてくる種類の手応えです。
そして、実はそれほど難しいことでもありません。
整形外科医は、実は「異常」を見つけやすい
整形外科医は、
運動器疾患を大量に見ています。
つまり、
- 普通の腰痛
- いつもの頸椎症
- よくある神経障害
のパターンを、
無意識レベルでたくさん持っています。
だからこそ、
そこから外れた症例は、
案外すぐに「おかしい」と気づける。
問題は、
次に何をするかです。
次の一手がわからないと、動けない
- どこまで調べるべきか
- どこで止めるべきか
- 何を掴めば、どの科にコンサルトできるのか
このあたりが曖昧だと、
違和感に気づいても、
手も足も出ません。
「よくわからないから様子見」
「整形外科じゃない気がするから終診」
そうなってしまう。
General に診る、という姿勢
私が言いたいのは、
整形外科医が何でも診るべきだ、という話ではありません。
専門診療科の仕事を奪う必要もありません。
ただ、
- 普通じゃないことに気づく
- その違和感を放置しない
- 適切な診療科につなぐ
この一連の流れを担えるだけで、
患者にとっての利益は、確実に大きくなります。
だから、書いていく
整形外科診療の中で、
- 何を拾うべきか
- どこまで見るべきか
- どこで他科に渡すべきか
その判断の枠組みを、
少しずつ言語化していこうと思っています。
おしまい。




コメント