仕事のマルチモーダル化で反脆弱に生きる

仕事論

仕事をどう捉えるかは、生存戦略そのものに直結します。

仕事を単なる金を稼ぐための活動として捉えると、人生全体の設計は驚くほど脆くなります。

一方で、仕事を社会関係を操作するためのインターフェースとして捉えると、見える景色は大きく変わります。

金だけをインターフェースにした生存戦略の脆弱性

金を稼ぐこと自体は重要です。

しかし、仕事の意味を「金を得ること」に一元化した瞬間、その人が社会と接続するための手段も金だけになります。

この状態は、一見すると合理的に見えますが、構造的には非常に脆弱です。

宝くじで数億円を手にした人が、その後の人生で破綻してしまう話は珍しくありません。

理由は単純で、その人が社会に提供できる価値が金しかないからです。

社会関係を操作するためのインターフェースが金しかないため、関係は常に消費と交換に回収されます。

結果として、金の切れ目が縁の切れ目になりやすくなります。

仕事をインターフェースとして捉え直す

仕事を、社会関係を操作するためのインターフェースとして捉えると、いろんなことが見えてきます。

ここでいう操作とは、支配や搾取ではなく、関係を結び、調整し、維持するという意味です。

社会関係の操作とは、具体的には

  • コネを使って職を得て生計を立てる
  • 仕事を通じて新たな関係をつくる
  • 世話になった人への恩返しとして仕事を引き受ける
  • 良い関係を維持するために、あえて安く仕事をする
  • 信頼関係を壊さないように、仕事を頼んだり断ったりする
  • などでしょうか。

仕事とは、社会との接続点であり、関係を編み直すための入口だと言えます。

この視点に立つと、重要なのは稼いだ金額そのものではなく、自分がどのような形で社会と接続できるかになります。

ただ、金しかインターフェースを持たない状態が危険なのであって、金そのものが悪いわけではありません。

金は数あるインターフェースの一つにすぎない、と位置付けると、世の中の見方が大きく変わる、という話です。

マルチモーダルなインターフェースという発想

生存戦略として強いのは、自分が提供できる価値を複数持っている状態です。

しかも、それらが同一形式ではなく、マルチモーダルであることが重要になります。

ここでいうマルチモーダルな価値とは、例えば次のようなものです。

自分自身の持つ技術や専門知識

紹介できる人やネットワークで

異なる利害を調整する能力

場をつくり、人をつなぐ力

これらは金や金融資産とは異なる次元のインターフェースであり、社会関係を操作する上で極めて強力です。

金が通用しにくい場面でも、これらのインターフェースは機能します。

レジームチェンジに対する反脆弱性

仮に資本主義社会が大きく揺らぎ、全く異なる社会制度へ移行したとしても、マルチモーダルなインターフェースを持つ人は強いです。

社会制度が変わっても、人と人の間に生じる課題や摩擦が消えることはありません。

その課題を解決し、関係を編み直せる人は、どんな社会でも必要とされます。

金融資産しか持たず、資本主義社会に過剰適応した存在は、レジームチェンジの際に一気に脆弱になります。

一方で、金以外のインターフェースを持つ人は、富や影響力の再配置が起きる局面で有利に立ち回ることができます。

資本主義的な破滅的状況においては、金融資産依存の強い人から、マルチモーダルなインターフェースを持つ人へ、富の再分配が起きるでしょう。

マルチモーダルであることは結果として、反脆弱な生存戦略になります。

歴史的に見たときの示唆

おそらく、長い歴史を生き残ってきた富裕層や有力者たちは、無意識的にせよ、この構造を理解していたのだと思います。

彼らは金だけでなく、信用、役割、関係、調整能力といった複数のインターフェースを持っていました。

そのため、数多くのレジームチェンジを生き延びることができたのでしょう。

おわりに

仕事を金を稼ぐための手段としてのみ捉えるか、社会関係を操作するためのインターフェースとして捉えるかで、人生の設計は大きく変わります。

前者は短期的には合理的に見えますが、構造的には脆いです。

後者は一見すると遠回りに見えますが、長期的には反脆弱な生存戦略になります。

仕事で得るべきなのは金だけではありません。

社会と接続するためのインターフェースを、意識的に増やしていくことこそが、本当の意味での資産形成だと思います。

おしまい

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