整形外科から見た、内科の仕事

医学生の視点

──「診断」よりも長い戦いについて

医師の仕事と聞くと、
多くの人は、診察をして、疾患を診断し、その結果に基づいて治療を行う、という比較的わかりやすい流れを思い浮かべるのではないでしょうか。

私自身も、医師として働き始めた頃は、どこかで
「医師の仕事の中心は診断であり、診断がつけば治療方針は自ずと決まる」
そんなイメージを持っていた気がします。
でも、日々の診療やカンファレンス、コンサルトを通じて内科の仕事を眺めていると、その素朴なイメージが少しずつ崩れてきました。

ただ、これはあくまで整形外科医である私の立場からの見え方であり、内科医の仕事を内側から理解しているわけではありません。


診断は入口でしかない

特に慢性疾患を扱う内科診療を見ていると、
診断が占める時間は、実はそれほど長くないのではないか、と感じます。

初診、あるいは最初の数回の外来で診断がほぼ固まり、
その後は、患者さんの人生が続く限り、治療とフォローが延々と続いていく。

関節リウマチなどの膠原病、神経内科疾患、
あるいは糖尿病や高血圧、脂質異常症といった生活習慣病も含めて、
疾患は違っていても、診療の構造自体はよく似ているように見えます。

診断はスタートラインであって、
本当に長いのは、その後の時間です。


副作用と忍容性という、終わりのない調整

その長い治療の時間の中で、
内科医が向き合っている中心的な課題は何か。

整形外科医の立場から眺めている限りでは、
それは「副作用」と「忍容性(患者が治療を受け入れ続けられるか)」との戦いなのだろう、と思っています。

この薬は理論上はよく効くが、副作用が出る。
副作用を避けて薬を変えると、今度は効果が十分でない。
患者さんから「この薬は合わない」「できれば飲みたくない」と言われる。

教科書的な正解が、そのまま現実に当てはまる場面は、むしろ少ない。
多くの場合は、どこまでなら許容できるか、どこで折り合いをつけるか、という調整の連続になります。


時間が治療条件を変えていく

さらに難しいのは、
治療の前提条件が、時間とともに確実に変化していくことです。

患者さんが年を取り、腎機能が低下し、
別の老年疾患を合併することで、
これまで問題なく使えていた治療戦略が、突然使えなくなることもある。

昨日までの最適解が、
今日にはリスクになってしまう。

そうした変化を前提に、
治療を「設計し直し続ける」必要がある。

この点において、内科の慢性疾患診療は、
非常に時間依存性の高い仕事だと感じます。


整形外科診療との対比として

整形外科の仕事は、構造的には比較的「短距離走」に近い部分があります。

骨折がある。変性疾患がある。
手術をする。
機能回復を目指す。

もちろん、術後フォローや慢性疾患もありますが、
判断から介入、結果までの距離は、比較的近い。

一方で、内科の慢性疾患診療は、
判断と結果の距離が極端に長い。

しかも、その結果は
「大きな悪化が起きなかった」
「合併症が出なかった」
という形でしか現れないことも多い。

それでも、何も起きなかったのだとすれば、
それは多くの場合、適切な調整が積み重ねられてきた結果なのだと思います。

骨粗鬆症診療で感じる、似た構造

実は、整形外科で骨粗鬆症治療を行っていると、
これとよく似た課題に直面することがあります。

薬剤の効果と副作用のバランス、
服薬継続の難しさ、
高齢化や腎機能低下による制約、
患者さんの生活背景や通院負担。

骨折を防ぎたいという目的は明確でも、
そこへ至る道筋は一様ではありません。

整形外科の中では比較的「内科的」な診療であり、
判断と結果の距離も長く、
短期的な成功が見えにくい分野だと感じています。

こうした診療を日常的に行うようになってから、
これよりもさらに複雑な条件のもとで、
慢性疾患の治療を長期間にわたって続けている内科の先生方は、
いったいどれほど多くの判断と微調整を積み重ねているのだろうか、
と考えるようになりました。

これはあくまで外から見た推測ではありますが、
同じような構造の一端を自分も担うようになったことで、
内科診療の重みと難しさを、以前よりも実感をもって想像できるようになった気がします。



派手さはないが、確実に消耗する仕事

内科の仕事は、少なくとも外から見ている限り、
ドラマチックな達成感が前面に出る仕事ではありません。

診断がついた瞬間に喝采が起きるわけでもなく、
手術のように目に見える成果がその場で現れることも少ない。

その代わり、
小さな判断と修正を積み重ねながら、
大きな破綻を防ぎ続ける。

失敗すればすぐに問題になる一方で、
うまくいっている時ほど、何も起きない。

かなり消耗戦に近い仕事だと思います。


医師の仕事をどう捉えるか

整形外科医として内科の仕事を眺めていると、
医師の仕事を「診断をつける人」とだけ捉えていたかつての僕の感覚は、
やや単純化しすぎているように感じます。

むしろ医師の仕事とは、

不完全な治療を、
不完全な人間に対して、
不完全な状況の中で運用し、
それでも破綻しないように支え続けること。

そういう側面を強く持っているのではないでしょうか。

診断は重要です。
しかし、それはゴールではなく、長い道のりの入口にすぎない。


まとめ:別の種類の強さ

整形外科と内科では、
求められる強さの種類が、かなり違うように思います。

瞬間的な判断力が求められる場面もあれば、
長期的な忍耐力や、患者さんとの関係を維持し続ける力が問われる場面もある。

どちらが楽で、どちらが大変、という話ではありません。

ただ、整形外科医の立場から見ていると、
内科外来で行われている治療は、
「副作用や忍容性との戦い」という、
非常に難しく、しかも終わりの見えないゲームを、
静かに、誠実に続けている仕事なのだと感じます。

これは推測にすぎませんが、
その仕事に対しては、率直に敬意を抱かずにはいられません。

おしまい。

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