【片腕だけ動かない】上肢単麻痺の問診、検査と方針まとめ【脳梗塞を見落とさない】

医療

上肢単麻痺、つまり片側上肢だけの麻痺は、救急外来や当直で決して珍しくありません。
その多くは末梢神経障害ですが、見た目だけで判断すると、脳梗塞や頸椎疾患、神経痛性筋萎縮症(NA)を見逃すリスクがあります。

本稿では、

  • まず最も多い 橈骨神経麻痺をどう切り分けるか
  • そこから外れたときに どの疾患を疑い
  • その場で何を撮り、誰に相談するか

という「診断から行動まで」を一つのフローとして整理します。


1. まず最初に考える:橈骨神経麻痺かどうか

上肢単麻痺を見たら、最初の分岐はシンプルです。
圧迫性の麻痺として最も多い橈骨神経麻痺として説明できるか?です。

橈骨神経麻痺を拾う最小MMTセット

まずは以下の3点を確認します。

  • 手関節背屈
  • 指伸展
  • 母指外転(APL)

この3つが揃って低下していれば、橈骨神経(あるいは後骨間神経)を第一候補に置きます。

感覚の最小チェック

  • 母指背側〜橈側手背の感覚

運動と感覚がこの分布で揃えば、圧迫性橈骨神経麻痺としてかなり素直です。


2. 橈骨神経麻痺として進めてよい条件

起床時発症、飲酒後発症など、病歴が曖昧な症例は少なくありません。
それでも、以下が揃っていれば 橈骨神経麻痺として一旦進めてよい と考えています。

  • 運動・感覚が橈骨神経支配で説明できる
  • synkinetic contraction がない
  • 口周囲症状がない

ここまで確認できれば、Saturday night palsy / honeymooner’s palsy を含め、
過度に中枢を疑う必要はありません。

たいていは保存療法で2〜3ヶ月で改善します。
メチコバールを処方し、理学療法をオーダーすれば十分です。


3. 橈骨ではなさそうなときの「赤旗」

次の所見があれば、橈骨神経麻痺から一段階視野を広げます。

  • synkinetic contraction(後述) がある
  • 口唇・口腔内のしびれ(口手症候群)
  • 分布がきれいに説明できない
  • 橈骨以外の筋(正中・尺骨・近位筋)が混じる

この時点で、鑑別は
中枢(hand knob)/頸椎症性筋萎縮症(CSA)/神経痛性筋萎縮症(NA)
の3方向に分かれます。


4. 中枢(hand knob 梗塞)を疑うとき

疑うポイント

  • synkinetic contraction が陽性
  • 口手症候群
  • 神経単位で説明できない分布
  • 「末梢っぽいが、何か変」という違和感

synkinetic contractionとは、「下垂手の状態で手を握らせると手関節が正中位置に戻る」所見のこと。
橈骨神経麻痺の場合は、手を握っても手関節が正中位置になることはありませんが、
脳梗塞の場合、下垂手の状態では屈筋腱がたるみ十分に手指の屈曲ができないため、手を握る動作の連合運動として屈筋と伸筋が共に収縮し正中位置になる現象としてsynkinetic contractionが現れます。

行動プラン

  • 当日、脳MRIを撮影
  • 緊急で脳外科(または神経内科)にコンサルト

この分岐では、over triage が正解です。
撮って何もなければ、それでよい。


5. 頸椎症性筋萎縮症(CSA / Keegan型)を疑うとき

疑うポイント

  • 重量物挙上、overwork、軽微外傷などの機械的誘因
  • 疼痛で始まり、疼痛は軽快するが脱力が残る
  • 感覚障害はない、もしくは軽度
  • 肩外転・肘屈曲など、髄節で説明できる分布

典型例では、
三角筋・棘下筋・上腕二頭筋・腕橈骨筋がセットで障害されます。

行動プラン

  • 頸椎MRIを撮影(当日緊急でなくてよい)
  • 画像と経過を踏まえ、後日、脊椎外科コンサルトを検討
  • 典型例でなければ、脊椎外科と相談の上で神経内科コンサルトも検討

CSAではMRI所見が軽微なことも多く、
分布と経過のほうが重要です。


6. 神経痛性筋萎縮症(NA)を疑うとき

NAを疑う最大のポイント

  • 激しい神経痛で発症
  • 数日〜数週で痛みが軽快
  • その後に麻痺・筋萎縮が出現

この「痛み → 麻痺」という時間経過が最重要です。

前骨間神経麻痺と後骨間神経麻痺も、近年はこの病態の一亜型として整理されているようです。

分布の特徴

  • 支配筋がきれいに揃わない(patchy)
  • 髄節では説明できない
  • 前骨間神経のみ、後骨間神経のみ、PT/FCRのみなどの単神経障害

行動プラン

  • 除外目的で頸椎MRIを撮影(当日でなくてよい)
  • CSAらしさが乏しければ、神経内科にコンサルト

NAは診断が遅れやすく、
「よくわからない上肢麻痺」として放置されがちです。

髄節性の麻痺として説明できず、
分布と時間経過を明確にできた時点で、神経内科につなぐ価値があります。


7. まとめ:上肢単麻痺は「分布」と「次の一手」で考える

上肢単麻痺の診療では、

  • まず橈骨神経麻痺を丁寧に拾う
  • そこから外れたら
    神経単位か、髄節か、patchyか を考える
  • 疑った疾患ごとに
    撮る画像と、相談先を明確に分ける

これだけで、判断はかなり整理されます。

診断名を当てることよりも、
「今この患者に、どの検査を行い、誰につなぐか」
を説明できることの方が、現場では重要です。

この記事が、当直や外来での迷いを一段減らす助けになればと思います。

おしまい。

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