小児の肘内障(いわゆる nursemaid’s elbow)は、
放射線検査を行わずに診断・治療まで完結できる、数少ない外傷性疾患です。
一方で、この「撮らなくていい」という性質が、
骨折の見落としという落とし穴を生みます。
軽微な外傷のあとに、
突然上肢を挙上しなくなった小児。
この組み合わせは、肘内障でも説明できるし、骨折でも説明できてしまう。
そして、骨折がある状態で整復操作を繰り返すのは危険です。
肘内障は頻度の高い疾患です。
だからこそ、「よくあるからこそ、絶対に間違えてはいけない」という種類の診療だと感じています。
この記事では、
- どこまで肘内障として進めてよいのか
- どの時点で骨折を疑うスイッチを入れるのか
を、診療フローとして整理してみます。
診療フロー概略
軽微な外傷などの後に上肢挙上が不能になった、6歳以下の小児が対象です。
○病歴と理学所見から骨折の可能性が極めて低いと判断できる場合は、整復をトライします。
1回で整復できなかった場合には、そのまま漫然と操作を繰り返すのではなく、USで確認します。
▷ USで肘内障の所見があれば、自信を持って整復操作を継続し、USで整復が確認できれば終了。
▷ USで肘内障の所見がなければXpを撮影します
▷ Xpで骨折があれば骨折治療へ進みます。
▷ 骨折が明らかでなくても、その日は固定とし、後日MRIを検討します。
○病歴が非典型的であったり、理学所見で圧痛点を認める場合には、最初からUSで確認します。
▷ USで肘内障の所見があれば整復。
▷ USで肘内障の所見がなければXpで骨折の有無を確認し、上記と同様に対応します。
病歴が非典型的であればすぐXp、を推奨している文献もありますが、直接軟部組織を観察できるUSを使わないのはもったいないです。
まずは病歴
まず除外すべきもの
高所からの転落など、明らかな外傷があれば必ずXpを撮ります。
ここは迷いません。
肘内障を疑ってよい病歴
典型的なのは肘牽引ですが、それだけではありません。
肘を下にして倒れ込んだ、
肘を下にしたまま寝返りを打った、
体幹の下に肘が入り込んだ状態で何かが起きた。
このように、「肘が体の下にある状態でのイベント」は、実臨床ではかなり多く遭遇します。
こういった場合も、後述する理学所見で骨折が否定的であれば、肘内障として診療を進めてよいでしょう。
逆に、
「何かあったあとに上肢を動かさなくなった」
という雑なエピソードだけで判断するのは危険です。
理学所見:病歴と併せて事前確率を高める
視診
まず腫脹、変形、皮下出血がないことを確認します。
これらがあれば、その時点でXpを撮ります。
肢位も重要で、典型的な肘内障では肘屈曲・軽度回内位をとっていることが多いです。
これがあれば、肘内障の事前確率はさらに上がります。
触診:触らない診断はしない
明らかな肘牽引エピソードがあり、典型的な経過であれば、
病歴と視診のみで肘内障と診断することも理論上は許容されます。
ただ、どうせ整復操作で触るのです。
先に触診しておいて損はありません。
小児に対しては、
- まず痛くない側から触る
- 「タッチしてごらん」などと声をかける
- 徐々に患側、患部の触診へ移る
このように、痛くないところから触っていって患児の緊張を和らげるのは、小児診療における儀式のようなものです。
この一連の流れ自体が、診察であると同時に、整復操作に向けた準備でもあります。
これはそれほど手間でもありませんし、
気遣いが親に伝わり、親との関係が良好になるという隠れたメリットもあります。
やって損はないので、私はとりあえずやっています。
触診ルーチン
肩から上腕骨、内側上顆・外側上顆、肘頭、前腕骨幹部、橈骨茎状突起・尺骨まで、一通り必ず触ります。
小児の肘周囲骨折で最も多いのは上腕骨顆上骨折で、次いで外側上顆骨折です。
これを意識しながら内側・外側上顆を触診します。
手関節周囲の触診では、回内外は極力行いません。
回内外による腕橈関節の痛みが出てしまい、圧痛の再現性が落ちるからです。
肘頭を触るのは、圧痛の再現性を測るためです。
肘内障を疑っている状況で肘頭骨折はほとんどありません。(そもそも肘頭骨折は小児の肘外傷の5%以下とされています)
ここを押しても痛いと言われる場合、ほとんどの場合はどこを押しても痛がられます。真の圧痛点は取れないと考えて、気分転換させた後に再度触診します。
USを使うタイミング
明らかに肘内障を疑うエピソードがなく、なおかつ圧痛点を認める場合、私は必ずUSを行うようにしています。
迷った場合にも、すぐにXpを撮るのではなく、被曝のないUSを選択します。
ただ肘内障のエコーは難しいです。
まず、自分の体で練習できません。小児でないと意味がないから。
被験者が言うことを聞いてくれず、ドンピシャの画像を出すのも難しいです。
そのため、慣れるまでは全例USを確認し、手技を鍛えることも許容されると思います。
USの結果で分岐
USで肘内障の所見があれば、自信を持って整復します。
逆に、肘内障の所見がなく、関節内血腫を疑う所見などがあれば、その時点でXpに進みます。
Xpで絶対に見るポイント
Xpを撮る場合、小児では明らかな骨折線が見えないことも多い、という前提を忘れてはいけません。
側面像では、
- Fat pad sign(関節内血腫を反映し、骨折を示唆)
- Ulnar bowing(前腕骨可塑性変形)
- Maximum ulnar bow を確認し、1mmを超えれば尺骨骨折を考える
- 上腕骨前方皮質線が上腕骨小頭のほぼ中央を通っているか
を確認します。
正面像では、5歳以上の児であれば、
内側上顆が関節内に落ちていないか、外側上顆骨折がないかを確認します。
また、上腕骨から手関節まで含めて撮影することも重要です。
ここまでやった結果、骨折でも肘内障でもない児が出てきます。
私の経験上、そういう児は固定して3日後あたり再診すると勝手によくなっています。
乳幼児の場合はシーネが使えないので、肘伸展で弾性包帯を巻いてあげましょう。
絶対に避けるべき誤診
上腕骨近位部骨折を肘内障と誤診したケースも報告されています。耳を疑う話ではありますが…
上腕骨骨折を肘内障と誤診し整復操作を繰り返すことは、もっとも避けるべき事態です。
上腕骨は、整形外科医なら誰もが神経との関係の深さを知っている部位です。
そこに、肘の屈伸や回内外を伴う操作を複数回加える…
骨折部に神経が挟み込まれても不思議ではありません。
そしてそうでなくともとても痛い。
これは一番避けたい事態です。
整形外科としての肘内障診療
肘内障は頻度が高く、整復も簡単です。正直素人でもできます。
しかしそれはあくまでも、「それが肘内障であった場合」のみに限ります。
専門家の仕事の本質は、
よくある病態の中に混じる、稀だが絶対に間違えてはいけないものを見逃さずに治療すること
だと思っています。
そして必要な検査を行い、不要な検査を行わない。
その場に応じてそのバランスを取るのがプロではないでしょうか。
私は今のところ、ここまで書いたような条件で分岐するフローに落ち着いています。
そしてもちろん、このバランスは診療する医師や診療の場所によって変わってくると思います。
これは万人向けの正解ではありませんが、
少なくとも自分の判断を説明できる形にはなりました。
これが臨床の役に立てば幸いです。
おしまい。



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