今回はレビュー論文『非認知能力が労働市場の成果に与える影響について』を紹介していきます。
非認知能力を向上させることで、認知能力を含むあらゆるスキルを雪だるま式に向上させることができる可能性があることを示した論文です。
ちなみに、非認知能力とはざっくりいうと「”賢さ”以外のスキル」とでもいうもので、本論文における定義は以下のようになっています。
先天的に遺伝された性質と 後天的に獲得された性質のすべてにより形成され る人間の持つ能力・スキルを,本稿では既存研究 の整理に従い「認知能力」と「非認知能力」に分 類する。 「認知能力」は理解,判断,論理などの 知的機能を示し 1),「非認知能力」は知能以外の能力として,認知能力とともに教育や労働市場に おける成果に影響を与える要因を示すものとする 経済学分野では,Heckman and Rubinstein(2001)が非認知能力を扱って以来, 非認知能力も認知能力と同様に人的資本の要素と して注目されてきた。 脚注より: 非認知能力を測定する指標としては,後述する「性格 5 因子 モデル」・「性格」を用いる。
要は、その人の能力のうち、認知能力(おおざっぱに言うと頭の良さ)ではないもので、これは性格5因子モデルなどで測定されます。
「認知能力じゃないもの」という定義なので明確なイメージができないと思いますが、ひとまずそういうものがあるんだ、ということで飲み込んで次に進みますが、一応以下のようなものが非認知能力の例として挙げられています。
経済学分野で非認知能力の 指標としてよく用いられるものとしては,自制心(self-control),自尊心(self-esteem),勤勉性(conscientiousness),自己規律(self-discipline),などが ある。 Heckman, Stixrud, and Urzua (2006)は, 自制心(self-control),自尊心(self-esteem)が賃金 を高めることを実証的に明らかにしている。 とく に,低スキル労働市場においては非認知能力の影 響が大きいということである。 Duckworth and Seligman(2005)は,自己規律(self-discipline)の程 度は,学校での成果に対して IQ よりも説明力が あると指摘している。
この論文を読むとわかること
非認知能力は認知能力とは独立に賃金を上昇させる
認知能力が高いと(つまり賢いと)賃金が高くなる傾向にあるのはよく知られた事実ですが、賢さとは別のスキル(非認知能力)を持っていると、それだけで賃金が高くなるのです。
もっといえば、同じ賢さを持っているAさんとBさんがいたとして、Aさんの非認知能力がBさんの非認知能力より優れている場合、Aさんのほうが賃金が高くなる(傾向にある)ということを言っています。
これは「頭のいい人が仕事ができるとは限らない」というとなんとなく実感があるかもしれません。
すばらしい学歴を持っていても仕事ができない人はいますし、逆に学歴はそんなに良くなくても仕事ができる人はいます。社会で働いているとなんとなくわかると思います。
その実感に実証研究の側から光を当てたような論文です。
非認知能力は鍛えることができる
認知能力の成長は思春期には頭打ちになりますが、どうやら非認知能力はいつまでも成長するようです。
基本的には教育心理学的な面から研究が行われていることもあり大人を対象とした情報はあまりありませんが、少なくとも10代後半でも向上することは示されており、思春期以降も鍛えることはできそうです。
ある非認知能力を鍛えると、他の非認知能力も成長するし、認知能力ですら成長する。
非認知能力の特性として、ある非認知能力を鍛えると、勝手に他の非認知能力も成長していくようです。
さらに素晴らしいことに認知能力の成長も促すとのことです。
非認知能力を鍛えるとその他の非認知能力も成長し、それだけでなく認知能力も成長し、そして成長したそれらの能力がさらなる能力の成長を促す、という好循環を作ることができます。
それでは見ていきましょう。
非認知能力は賃金に影響する重要な因子である
もともと心理学の概念であった非認知能力は、経済学においても注目を浴びています。なぜかというと、非認知能力が高いほど生産性が高い、つまり非認知能力に経済的価値があることがわかってきたからです。
「認知能力」が個人の生産性向上に寄与するとい うことは経済学者の中で同意されている。 また, Heckman and Rubinstein(2001)が,学校や労 働市場での成果の向上のために必要な「非認知能 力」の役割について指摘して以来,「非認知能力」 が経済学の領域においても研究の対象として注目 を浴びるようになってきている。
学業や労働の成果は、認知能力だけでなく非認知能力の影響も受けています。学校の成績や仕事の成果は賢こければ賢いほどよくなりそうですが、「賢さ以外のスキル(非認知能力)」の影響もおおきいのです。
Borghans et al.(2011)によると,IQ は就学年齢以前におおむ ね安定するので 3),学業の成果が知能と他の能力 の結果であれば,学業の成果が向上するというこ とは,IQ 以外の能力の効果があるということを 示唆し,それはおそらく非認知能力の効果を意味 するということである。 Heckman, Stixrud, and Urzua (2006)は,学校教育の成果は認知能力以 外にも非認知能力という多様な個人の能力も意味 すると指摘している。 認知能力の指標としてよく 使われる IQ テストと学力テスト 4)などの点数は 知能と非認知能力のひとつであるパーソナリティ 特性の両方が影響している。 それにも関わらず, テストの点数が認知能力のみを示すと解釈し,点 数と賃金の関係によって認知能力の賃金への効果 を計測すると,テストの点数の効果に非認知能力 の効果が含まれてしまい,認知能力の効果が過大 に評価される可能性がある。 個人の生産性に影響を与える能力について, 伝統的経済学では,個人の年齢,教育年数,経 歴,両親の社会・経済的な能力(教育,職業,所得) などを中心に考え,分析してきた。 しかし,人種 別,男女別の分析であっても,上記の変数だけで は賃金の変動の 15 ~ 35%しか説明できない。 伝 統的な人的資本モデルが,学校の選択,賃金,就 職,経歴,職業の選択,健康,寿命,犯罪率を十 分に説明できないというパズルを解くためには, 非認知能力を用いたモデルが必要であるという。
非認知能力は学業・労働の成果に大きな影響を与えていることが実証研究で示されています。
Bowles らは,1950 年度後半から 1990 年度前半 までの 25 本の研究結果を用いて,教育の賃金へ の効果における非認知能力の効果 5)を計算し, 教育の効果のある程度の部分を非認知能力が説明 することを示した。 Heckman et al.(2010)によると,教育によっ て涵養された非認知能力は認知能力より子どもの その後の長期的な成果に影響を与えるという。
実証研究は具体的にどんな非認知能力をどのように鍛えるべきかのヒントになるので大変参考になるのですが、個別の実証研究に関してはまた別の機会にまとめてみます。
性格(非認知能力の指標)は人の行動に影響を与えるものであり、測定可能で安定的な人間の性質である
非認知能力はコロコロ変わるものではなく、その人の特性としてほとんど変わらないもので、しかも測定可能です。
性格が人の行動に 与える影響については,心理学において Mischel (1968)を中心に長期間にわたって議論されてき た。 その結果,性格で測定する非認知能力が状況 により変化するものではなく,個人の行動を決定 する測定可能で安定的な人間の性質であるという 合意が形成されるようになってきた。
非認知能力は認知能力も向上させる上に、先天的知能とほとんど関係なく、生涯にわたって向上させ続けることができる
喜ばしいことに、非認知能力は先天的な頭の良さとは無関係とされています。
脚注より:Duckworth and Schulze(2009)は、非認知能力が先天的(Fluid)知能とはほとんど相関がないことを示しています。
つまり、非認知能力は努力次第で鍛えることができるのです。
また、認知能力は8歳になると成長することはほぼなくなり年をとるごとに伸びにくくなりますが、非認知能力はもっと遅い時期まで成長させ続けることができます。
Carneiro and Heckman(2003)によると,認知能力は 8 歳までにかなり開発され,非認知能力は 10 代後半でも鍛え られるとのことである
これに関しては、20代後半でも鍛えられるのか?といった疑問がわきますが、それに関しては別の機会に調べることにします。
非認知能力は雪だるま式に成長していくし、認知能力を向上させる効果もある
ところで、スキル(認知能力と非認知能力の両方)には、「自己生産性」と「動的な補完性(動学的補完性)」という特徴があるとされています。
自己生産性とは、スキルは衰えることはなく、むしろ新たなスキルを生み出すことができる ということを表しています。
能力の自己生産(self-productivity)が存在することだ。経済学の教科書で説明される企業の資本ストックについては、減価償却があると考える。しかし、子供の能力については減価償却のような概念は存在せず、ある時期に形成された能力はその後も残存するという仮定である。さらに、能力を表す指標が複数あるとき、ある1つの能力水準が向上したときに、別の能力も向上すると仮定する。
論文 Today 子供の能力形成に関する経済分析 Cunha, Flavio and James J. Heckman(2007)「The Technology of Skill Formation」、97(2)、pp. 31-47。
動学的補完性(dynamic complementarity)とは、あるスキルを持っていると、その後のスキル習得の効果が雪だるま式に高まるということ。
また,動的な補 完性(Dynamic complementarity)という特徴は, ある時期に形成されたスキルはその後のスキルへ の投資のリターンを高める。 スキルの形成には決 定的な時期が存在し,後年になるとスキルへの投 資のリターンが大きく低下するので,早い時期に 子どものスキルを向上させるための投資を行った 方がいいということである。 動学的補完性とは, ある時期に能力が 高まると, その後の期間においての能力への投資の生 産性が高まるということである。 このことは, 青年期 の子供に対しての教育の収益が能力の高い子供ほど高 いという事実と整合的である。論文 Today 子供の能力形成に関する経済分析 Cunha, Flavio and James J. Heckman (2007) ‶The Technology of Skill Formation,” , 97(2), pp. 31-47.
非認知能力は「自己生産性」と「動学的補完性」をもっているため、一旦身につけると雪だるま式に向上していくということが言えるのです。
これからいえることは、非認知能力は早くから身につけた方がメリットが多い、ということ。
そうなると、具体的にどんな能力をどんな方法で鍛えるべきなのかが気になるところですが、それはまたの機会に回して、この論文の紹介は一旦ここで締めることとします。
おしまい
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