タイピングよりも手書きのほうが学習効果が高い!?論文を読んで確かめてみた【エビデンスを読む際の2つのTips】

エビデンスに基づいた生活

こんなニュースを見つけました。

若者も子どもも、タイピングより手書きのほうが、脳活動が活発に

私はWorkFlowyを使って、もっぱらタイピングで勉強しているので、手書きのほうが学習効果が高いという話はすごく気になるものでした。

そこで元論文まであたって、詳しく調べてみたので共有します。

ついでに、科学的根拠・エビデンスの読み方についても、拙いながら紹介してみようと思います。
私は医学部でデータを扱う研究をしていたので、ある程度は信頼していただけると思います。

結論から言うと、
「手書きのほうが学習効果が高い」というのは、文字を十分書ける年齢の人には無関係な話でした。

タイピングよりも手書きが優れているというわけではない

まずこの研究がどういったものなのか、見てみましょう。

この研究は、

対象が:12歳の子どもたち(と若年成人)

調べたことは:タイピングと手書き(とdrawing)では脳の活動がどう違うのか

結論から言えることは:幼い子どもたちは、絵を書いたり字を手書きしたりしたほうが良いかも

というものです。

ここに、12歳以上である私達に当てはまる情報はありません。
それだけです。

ただこれだけだと味気ないので、ちゃんと原文とその要約を交えながら検証してみましょう。
ちょっとややこしい表現が続きますが、後でざっくりとまとめてみます。
以下引用です。

手書きをしている人の脳波を調べると、頭頂葉などの領域に事象関連同期(event-related synchronization : ERS)がみられた。この脳領域でのこの活動は記憶や学習に重要であるとされてるので、手書きは学習効果が高いっぽい気がする

For young adults, we found that when writing by hand using a digital pen on a touchscreen, brain areas in the parietal and central regions showed event-related synchronized activity in the theta range. Existing literature suggests that such oscillatory neuronal activity in these particular brain areas is important for memory and for the encoding of new information and, therefore, provides the brain with optimal conditions for learning.

タイピングの場合は(事象関連同期活動ではなく)事象関連脱同期(event-related desynchronization : ERD)がみられた。ただ、これが学習効率とどんな関係が有るのかはよくわからない。

When typewriting on a keyboard, we found event-related desynchronized activity in the theta range and, to a lesser extent, in the alpha range in parietal and central brain regions.
However, as this activity was desynchronized and differed from when writing by hand and drawing, its relation to learning remains unclear.

以上がこの研究の結論です。

ちなみに、
ある周波数成分が刺激などの事象に前後して増加することを「事象関連同期(event-related synchronization : ERS)」と呼び、減少することを「事象関連脱同期(event-related desynchronization : ERD)」と呼ぶ
そうです。
別にERSが見られたから学習効果が高いとは限らないし、ERDが見られたら学習効果が低いとかそういうわけではないらしいですね。

そしてそれが教育にどう応用できるかというと、こう言っています。以下引用

12歳の子どもたちには、手書きのほうが感覚的刺激が多く、神経の発達に役立つような気がするので、幼いうちは手書きもしたほうがいいかもね。きれいな字を書くという高度な動作は、学習のための神経回路を作るために不可欠だから。

We suggest that children, from an early age, must be exposed to handwriting and drawing activities in school to establish the neuronal oscillation patterns that are beneficial for learning.
We conclude that because of the benefits of sensory-motor integration due to the larger involvement of the senses as well as fine and precisely controlled hand movements when writing by hand and when drawing, it is vital to maintain both activities in a learning environment to facilitate and optimize learning.

要は、小さい頃は、タイピングだけでなく手書きでも文字の学習をしたほうがいいかもしれないですよ、ということを言っています。

ここまでみると、

どうやら既に字を書くことができる大人には、とりわけて手書きをお勧めする根拠はなさそうだぞ

ということがわかると思います。

別にタイピングが手書きに劣っているという話ではなかったんです。
これで安心してWorkFlowyを使った勉強ができます。

ミスリーディングなニュース記事に騙されないために!

研究の要約を見終えたところで、発端のニュース記事を見てみましょう。
この記事では、こんなふうに紹介されていたのでした。

手書きによって、子どもの学習がすすみ、よりよく記憶できることが明らかとなった。

まずこれは全くの誤解です。
こんなことはこの論文には書かれていません。

書かれているのは、あくまで手書きによる神経回路の形成が、後の学習に役立つかもしれないね、ということだけです。

また、タイトルに「若者も」とあるので、若い成人も手書きをしたほうが良いような印象を受けますが、それもこの論文には全く書かれていません。

それどころか、
すべての子どもたちに手書きをさせればいいということではない、とはっきり書かれています。

It is important to note that the present study did not attempt to suggest that we should prohibit digital devices in the classroom and go back to traditional handwriting in all levels of education.

これ、ニュースの本文中には子供の話しか書かれていないんですけど、タイトルのおかげで巧妙に誘導されているんですよね。

最初に、「若者も」と書かれているおかげで、なんとなく若者も対象になってる気がしてしまう。

きっとそのほうが読者の関心を呼ぶからだと思うんですが、嘘をつかずにミスリーディングを狙うというちょっとセコい手です。

ツイッターのコメントでも、このミスリーディングをくらった人が多いっぽいんです。

このツイートのリプライや引用リツイートを見てみると、どんな雰囲気になってるかわかると思います。

私自身も、

そんな研究結果が出たなら学習の仕方を変えたほうが良いのかも、、

と気になって記事をクリックしたわけですので、記事を読ませるという点ではなかなかの戦略ですね。

悔しいけど。

エビデンスの読み解き方Tips

今回の記事は、エビデンスの扱い方を2つの点で誤っていました。

その2つとは、
外的妥当性の無視
代用マーカーアウトカムの混同
です。

この2つを批判的に読むことが、エビデンスを読み解く際のポイントにもなります。

外的妥当性をしっかり見る

ある集団から得られた結果が、他の集団にも当てはまるかどうかを、外的妥当性といいます。

他の集団にも充分当てはまる結果のことを、外的妥当性の高い結果と言ったりします。

今回の研究はどうでしょう。

論文にはこう書いてありました。

すべての子どもたちに手書きをさせればいいわけではないことに注意してくださいね。

It is important to note that the present study did not attempt to suggest that we should prohibit digital devices in the classroom and go back to traditional handwriting in all levels of education.

他の世代には当てはまらないよ、外的妥当性は低いよ、と当の研究者達が言っているわけです。

このように外的妥当性が低い研究を、対象外の集団に当てはめてはいけません。
子どもたちの間ですら外的妥当性が低いのに、若者になんて絶対当てはまりません。

ニュースやビジネス書などでは、このように外的妥当性を無視してしまうというのがよく見られるので、注意が必要です。

代用マーカーとアウトカムを混同しない

また、
代用マーカーとアウトカムを同一視しないというのも大事です。

アウトカムというのは最終的な結果のことで、今回の研究では学習効果の上昇にあたります。

代用マーカーというのは、アウトカムを直接計るのが難しいときに、代わりに計るものです。

代わりとなる指標なので、代用マーカーと呼ばれているわけです。

今回の研究では、脳波が代用マーカーとなっています。

ここで注意したいのが
代用マーカーはあくまで代用であって、アウトカムを必ずしも反映しない
ということです。

脳波を見ているだけでは、究極的には学習効果が上がるかどうかはわからないんです。
頭頂葉に事象関連同期が見られたからと言って、学習効果が上がってるとはかぎりません。

これは、
「道路が濡れてるからと言って、雨が降っていたと断定できるわけではない」
という話と似ています。

近所のおばあちゃんが水撒きをしたから濡れていた、という可能性もありますからね。

このことからわかるように、決して代用マーカーとアウトカムを混同してはいけません。

手書きで学習効果が高いかどうかを見たければ、
手書きで勉強した人と、タイピングで勉強した人の成績の伸びを比較する
といったよりアウトカムに近い指標を使う必要があります。

代用マーカーはあくまで代用なので、そこから何かを断定するのは誤りです。
これもよくあるエビデンスの間違った読み方です。気をつけたいですね。

おわりに:情報リテラシーが求められる現代で私達ができること

最近のビジネス書には、根拠となる論文が出典として紹介されていたりして、以前と比べると信頼できる本が増えているように思います。

しかし、今回のニュース記事のように、出典を明らかにしてはいるものの、少し違うことを言っていることもよくあるみたいです。

これはとても困りますよね。

だからと言って、すべてのエビデンスを確認するのはコストが高すぎます。

結局、我々一般人にできることは、
専門外のことは鵜呑みにしすぎず、専門家のお墨付きがあるもの以外はふんわりと捉えておく
ことを心がけるくらいかもしれません。

もちろん、基本的な知識をもって、自分の身を守るというのも大事です。
今回の件のような医学生理学のエビデンスを読む際の基礎知識に関しては、日本集中治療教育研究会のこの資料が勉強になります。

おしまい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました